スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←3.深き森にて酌み交わし →5.真白き陽だまりの部屋
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 活動報告
  • 【3.深き森にて酌み交わし】へ
  • 【5.真白き陽だまりの部屋】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

滅びの王子アムンセル

4.約束は守るべきもの

 ←3.深き森にて酌み交わし →5.真白き陽だまりの部屋
 明け方、屋敷に帰って来たアムンセルは、寝室で上着を脱ぎ従者モルライに預けると、窓辺から真珠のように煌くスズランの群生に目をやった。モルライは、衣服を下女に渡すと立派な漆黒の箪笥から、白い寝衣を取り出して、アムンセルに渡した。
「イエルから聞きましたよ。ラダトリアの王女様とご結婚ですか。……突然ですね」
「ああ。父はいつもこうだ。私の知らぬ間に全て決めてしまう」
「しかし、王子。では……」
 アムンセルは裸になり、寝衣を身に纏った。それは一枚の絹で出来た薄くゆとりのある服で、腰紐を縛ると、屋敷にいる時の普段着にもなった。
「忘れてしまっているさ。結婚と決まったら一本道。もう後戻りは出来ない」
 人生の墓場とは誰が言った言葉か。彼は天蓋ベッドにふわりと腰掛けると、差し出されたマグカップに口をつけた。森を駆け抜け、冷えきった体に熱いコーヒーが染み渡る。彼は息をついた。
 彼は、父クレオスに王子の地位を辞めさせて欲しいと、度々願い出ていた。市井に暮らす一般人となりたかったのである。だが、王はその度に彼の話の腰を折って、お茶を濁してきたのだ。
「暇を出されずにすんでお前は嬉しいだろうね。先月、子供が産まれて食い扶持も増えたしな」アムンセルは、疲れたように言った。
「王子にとって悲しいことを、どうして私が喜ぶとでも?貴方が王子でなくなっても、従者としてついていきますのに」
 モルライは心底気の毒そうな顔をした。
 王子が何度もクレオスのところに頼みに行ったのを知っている。昔から従ってきたモルライは、彼が少年だった頃に一般市民となりたくて家出をし丁稚をしていたことも覚えている。クレオスの必死の捜索で、鍛冶職人の弟子として働いている所を見つかり、その後の逃亡中に連れ戻されてしまったけれど、彼は諦めていなかった。
 それなのに。
 王女と結婚となれば、彼の一般人になりたいという望みが絶たれることは、火を見るより明らかであった。
「まぁお前はよく気が利くし、私に経済力があればそのまま雇うつもりだったけれどね。そうでなければ、推薦状を書いても良かったよ」
 アムンセルは大きな溜息をついた。ちょうどその時、背後にぐすりと鼻を啜る音がして、二人の男は振り向いた。
 いつの間にか開け放たれた扉の向うに、真っ白なネグリジェを着た少女が佇んでいた。涙を湛えた目を大きく見開き、右手の指を口にくわえ、長い裾は床に垂れている。
「姫……」
 男達が立ち上がると、少女は踵を返して廊下に飛び出した。彼女は冷たい石の回廊をぺたぺたと裸足で駆けていく。
 アムンセルは部屋を出て少女を追いかけた。外はまだ暗いと言うのに、もう起きてしまったのか。しかも、立ち聞きされてしまった。言葉はわからないといえど、彼女は我々のため息や失望を目の当たりにしてしまったはず。
「あ……」
 彼女は裾に足を取られて前のめりに転んだ。ずしゃっと痛そうな音が男にも聞こえて、アムンセルは思わず息をのんだ。だが、姫は泣き声もあげず小さな体が震わせるのみ。四つん這いになって立ち上がろうとする。
 アムンセルは回り込んで、伏せている姫の金髪に触れた。彼女の髪を掻き分けると、男の手に雫が零れ落ちた。
「すまない……」
 彼は言いかけて辞めた。歯を食いしばって痛みを堪える彼女を茫然と見入った。捻った足首に赤みが差し、膝の擦り傷から赤い血が流れている。アムンセルは、彼女の足に手を伸ばした。少女は顔を上げ、すっと足を引いたので、アムンセルも慌てて手を止めた。
 赤く腫らした目が訴えかけるように男を見つめる。うぅと声が小さく洩れた。
「ようやくお戻りですか」ふいに男の声がし、アムンセルは顔を上げた。
「イエル……」
 その男は、彼が森に入る前にモルライに呼んでおけと頼んでおいたラダトリア人の通訳だった。アムンセルが貿易省の仕事に取り組み始めてから、ラダトリアの通信使イエル・キリクを宴に招いて酌み交わすなど親交を深めて今に至る。
「リィ・シュナ様は、あなたがどこかに行かれてしまったのが不安で、一口も召し上がらず、まる一晩お休みにならなかったのですよ」船旅明けで疲れていらっしゃったのに、と彼も不眠のため欠伸を押し殺しつつ、姫に近づいた。
「やれやれ、今度はお怪我まで」と言うと、患部に手を当ていとも容易く傷を治してしまった。これはロアムの人間が持たない力、“魔術”というものだった。
 アムンセルはイエルの魔術に驚いたが、少女に向き直ると今度は彼女の国の言葉で謝った。
「ごめん……」
 姫は彼から目を離してはいなかった。謝罪の言葉を聞き、尚もじっと見つめていたが、ふと目を伏せた拍子にそれぞれの眼から一筋の涙が流れ落ちた。
「どうして、どうして、いなくなってしまったの?」掠れた声で、姫は彼に対し初めて声を発した。
「……」
「……約束だからさ」アムンセルは眉を顰めて一瞬戸惑ったが、はっきり答えた。
「やくそく?」
 彼は声のトーンを落として説明した。
「私は君のことを昨日初めて知った。だから、何も知らずに狩りに行く約束をしていた。先にね……」
「先に?」イエルが訊き返す。
「ああ、三ヶ月も前に。冬が明けたら、仲間と狩りに行く約束をしていた」
「だから、出かけられたのですか」呆れ顔で問いかけるイエル。
「約束は守るべきものだ」敢然と答えるアムンセル。ラダトリアの人間はどうか知らぬが、ロアムでは約束が最優先される。それが例え王命だとしても、彼は自分の主張を変える気はない。
「それに……、今回は最後になると思って挨拶をしに行ったのだ」
「さいご?」姫は不思議そうにアムンセルを見上げた。従者と通訳者も得心せぬ顔をしている。
「ああ」アムンセルは低い声で肯定し、彼女の前に傅いた。
「私はもう狩りには出かけない。時間の許す限り、君のそばにいるからね。寂しい思いをさせないように」
「……っん」
「これは君との約束」
 アムンセルは彼女の耳元に優しく囁くと、小さな手を取ってその甲を自分の頬に当てた。少女の頬がさっと赤らんで手を引っ込めようとしたが、彼は離さなかった。
「何もわからない私達だ。お互いを知ることから始めよう」
 幼い姫がロアムの、そして自分の何を理解するのか、アムンセルには不安であった。しかし、一人遠い異国に派遣させられ、今はわからずともゆくゆくはこの地に骨を埋める覚悟をしなければならぬであろう姫を、孤独にして悲しませることだけはしないよう努めねばならない、と強い責任を感じるのであった。
関連記事
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 活動報告
  • 【3.深き森にて酌み交わし】へ
  • 【5.真白き陽だまりの部屋】へ

~ Comment ~

NoTitle

ほう。ちょっとほっこりするお話ですね。
知ることから始まる。
昔の戦国時代も養子縁組が多かったから、
そういうところから始まるのでしょうね。
そういう描写が細かくてよかったです。
(*^-^*)

NoTitle

ありがとうございます。
この政略結婚には裏があるんですが、
それはおいおい書いていきます。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【3.深き森にて酌み交わし】へ
  • 【5.真白き陽だまりの部屋】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。